皆様あけましておめでとうございます、本年も当ブログよろしくお願いします。今年はこちらにも簡易ではあるもののラーメン記事書けるようにします。。
思いの丈をだらだらつらつらと書いているので、長くてまとまりがありません 。読み物嫌いな方はブラウザバックを進めます。
パワハラという労働環境で受けたものは忘れたくても忘れられませんね。
とあるミス
→先輩看護師からの注意がよりいっそう激しくなる
→常々監視されるような気分→将来の看護師人生には必要な時間なのかもしれない。今が大切だとなんとか張り切ってがんばる自分
→必死すぎるくらい必死
→必死に仕事をしても成果はあがらず、実らず周りは頼れないというレッテルを貼る
→周りの先輩看護師も上司に適切な業務ができないのじゃないか手な感じで話が周る
→患者に安全を確保できないという周囲と上司の判断で患者にあたる業務から外される
→自分はなんのために病棟へ行くんだろうということに
→それでも、病棟のために患者のために間接的に何か仕事になっているのではないか?とふんばる
→踏ん張り続けてそのふんばりが何か評価されるのではないかと期待する。
→我慢できないから、何かしら少しずつでも仕事を増やせるようになんとか交渉してみる。(患者に関わる仕事からはぶられて4ヶ月後)
→全く何も任されなかった∑(゚д゚lll)ガーン
→(´;ω;`)ウッ…
→燃え尽きた。
既卒者採用(いわゆる経験者採用)で採用されて「何かしら発揮できるのではないか。」という期待とは裏腹に、このような夢を失う結果に。4年ほど前から千葉の職場で体調を崩して、3年前地元に帰り介護施設で看護職として働いて「看護師の仕事をもういちどからやり直してもいいかな?キャリアアップしてもいいかな?」と感じて一昨年に総合病院に務めて、地元でまた大きな病院に移ろうと、がんばろうと背伸びした選択が間違いだったのか。
もう前に帰ることはできません。選んだのは自分なので、それを飲み込んで前に進まないといけない。今現在は違う仕事を見つけて進んでるんですが、忘れられないです。脳裏に今でも蘇ります。
3年前程から社内失業という問題が表面化、追い出し部屋などの労働環境が浮き彫りになってきました。社内失業というのは総合職や一般事務などについているホワイトカラーの方が主ですが、技術職、専門職など他の業種でもあると思います。
「私に仕事をまわさない、頼まない、頼むと頼んだ側まで被害をこうむる。」
というレッテルを一昨年貼られて、自分は看護助手業務及び看護助手ができない医療廃棄物の処理や分別、医師の使用する処置機材の準備、入院患者への説明、転倒危険度の高い方が歩行するところ見守りなど、医師の処置の補助などを行ってきました。看護師の詰め所は汚いので、清掃もしてました。副師長から「あなたに任せる医療廃棄物はこちらね」とゴミの山をカートの上につまされて、分別して、殴りかかる勢いで上司にガンつけたのは今でも覚えてます(笑)
患者に関わる業務とは、検査に関わる器具・機材・輸液の準備、毎日治療に使用される点滴などの準備、検温、症状観察、症状を医師へ報告、医師からの患者の病状に対する経過の報告、それに関する記録。患者の病状に合わせた病室の設定、歩行状態や病状や経過・睡眠薬服用・鎮痛の麻薬使用での転倒の安全度危険度評価、褥瘡(床ずれ)の発現リスクなどの評価、様々な情報を考慮した上での看護計画立案と評価など、検査・治療・観察・記録。
経験がないならばないなりに経験させてくださいとなんとか食い下がって、経験させてもらえるようになるためには何を勉強すればいいのか聴いて、そして勉強した結果を先輩看護師に伝えて、「必死すぎるほど必死」という時点ではそんなにしてました。午前7時に病棟にあがり、午後8時に帰宅して午後21時くらいから深夜2時あたりまで勉強してました。
結局勉強したことを実践できない、現場で活かせないという自分の欠点をわかってはいたものの、やる気が空回りし、何も実らない。「この仕事を任せてみよう」という気運にはなりませんでした。逆に病棟看護師長「ふっ、一時期は気合入れてたみたいだけど、ね、旗から見てたけどね」と鼻で笑われて。「あなたが勉強をしているとかいうアピールをしてもらわないと一切任せられない」と言われた時は「あっこの人の下で働いてても自分の将来はないな」と悟りました。実際勉強不足でも、容量がいい人はしったかぶりのような感じで仕事している看護師を私は多く知っています。それで上から目線で「勉強していないでしょ!」と強く厳しく指摘する人を私は看護師の経験の中でたくさん見てきました。その人より私を勉強していないとなんの根拠もなし言い放つのは悔しかったりもしました。私も何かのアピールになればと思って注意をしてくれる、ほんのすこしだけ話を聴いてくれる看護師にはノートを見せて指導をもらったりしました。長く務めるつもり、キャリアというか経験を積む心意気で入った病院でしたが、こんな形で看護師を終えるのは悲しいし虚しいですが、看護師としての仕事ができない以上、この職場にこだわる必要はないとかんじてやめました。
「こういう結果に至る私自身の問題だと」と「もっと他に向いている仕事があるような」とやめた当初は感じて、グルメブログをしていたことからタウン誌やフード関係のライティング業務を探しました。自転車が好きなことから自転車も書けるかもと思いたち、今はスポーツ関連サイトのライになり、少なからずですが好きなことを自分の得意なことを仕事に繋げられています。
ざっくばらんにいえば看護師版の社内失業であるのですが、経験したことのない人からは不思議に思えるかもしれませんが、働きにくる職場に、あなたのする仕事はないですよと言われ、それが半年ほど、1年、2年と続くと、精神も体もおかしくなってきます。誰もが好きな仕事とかやってみたい仕事につけるとは限らないかもしれませんが、逆に自分の良さや得意なことを少なからず仕事として活かせるということが、案外どの人も快く働けて快く生活できるのではないかと。
と社内失業を一昨年経験して感じます。自分の良さというものに気づいていない、得意なことって何け?と20代前半は自分がわからない人もいるかもしれませんが、私はラーメンブログという趣味を通して「何かを取材して文にしてそれを発信する」ということが好きなんだな、それが強みなんだと去年わかったときは目からうろこでした。
社内失業をなくすには働く個人が自分の特技、自分の良さを社会に活かそうと考えないとなくならない。と私は感じます。確かに理想論かもしれません。しかし、転職する際、退職する際、心のどこかにこういうことを考える余裕やゆとりがあれば将来の人生がもっと楽しくなるんじゃないんでしょうか。
「看護師に向いていなかった」とは考えると今まで必死だった自分を否定することになるので「今の仕事が案外自分にしっくりきすぎるのでないか」と考えて現在はライティングの仕事をしています。今でもあのときまだ粘れなかったかなとか踏ん張れなかったかなとか未練タラタラです(笑)。経済的なことを考えると未練がだらだらだら増してきます(笑)。しかし、親に甘えながらでも好きなことを仕事に身を置ける、今でも探してなんとか切り拓こうとする今の自分が好きです。
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